昭和43年6月30日 朝の御理解
                                         末永静行


 立教神伝の一番最後のところを開けられるようにした。立教神伝の一番最後のところ。

 御理解65節を読んでみます。
 御理解第65節「日柄方位は見るにおよばぬ。普請作事は、使い勝手のよいのが、よい家相じゃ。よい日柄というは、空に雲のない、ほんぞらぬくい、自分に都合のよい日が、よい日柄じゃ。いかに暦を見て天赦日じゃと言うても、雨風が強うては、今日は不祥のお天気じゃと言うではないか。日のお照らしなさる日に良い悪いはないと思え。」

 今日はそのこの65節そのものの御理解ではなくてね、一番最後の所の「日のお照らしなさる日に良い日悪い日はないと思えと、よい日とはあの吉という字か、おみくじなんかにでてきますあの吉という字ですね、悪いというのはねあの吉凶の凶、悪という字ではなくてからこう凶ね、凶と、大悪と言ったようなあの凶、凶と、良い悪いはないと思えと。
 今日この御理解に出ておりますように、日柄方位は見るにおよばんとか、普請作事は使い勝手の良いのが良い家相じゃという、こういう事はお道の信心の、まあ、大変素晴らしい所だとこう思いますね、迷信というものではない、迷信に囚われて広い世の中を狭くして生きてきておる人達に対してもうこれは何と申しましょうかねえ、本当に明るい教えですね。また事実そうなんです、またそれをそれに囚われる事がいけない事であると同時に天地に対する御無礼でもありますよね、日の今日は良か日の悪い日の、ね、普請造作をするのにこちらは鬼門ずみのどうのこうのといったようなことは、これはもう天地に対する大変な御無礼、こりゃ大きな、もう前々のめぐりに、で難を受けおると仰言るような、その天地に対する御無礼、そういうことが実はめぐりを作る元になるんですよ、ね、ですからこれはほんとに私共が冗談にでも言うちゃいけないことですね。けどもそれを長年の間、これは日本人だけじゃありますまいけれども、まあそういう天地に対する御無礼といったことはずいぶんいたして来たわけでございますね。特に金光様の御信心させて頂くものはこういう迷信から脱皮した、脱却しなければ、金光様の信心頂いておる値打ちはないですよね。
 これはちょっと余談ですけども。不祥のお天気じゃと言うではないか、日のお照らしなさる日に良い日悪い日はないと思えということは、何時もがお蔭だということなんだ、ね、お天道様の照ってござらん日はないんですもんね実を言うと、例えそれが曇っておっても雨が降っておっても、それを勝手に良い日悪い日とこういう、なら、その証拠にはどんなに例えばお天気の良い日であってもね、事故なんかが次々と起こったりしたりしますでしょ、そすと今日はよっぽど悪日じゃなと申しますでしょが、ね、今日は何遍事故にあった話を聞いたとか見たとか、今日はよっぽど悪か日じゃろというようなことを申しますが、ね、そういうその悪か日良か日というのは実はないのです。そこを知らんところにそういうこと悪か日が、を受けなければならないことになるんですね。
 立教神伝の昨日頂きましたねえ、末々繁盛いたす、昨日は繁盛ということだったが、そのちょっと前の方にですねえ「世間になんぼうも難儀な氏子あり取り次ぎ助けてやってくれ」というのがあります。ね、「世間になんぼうも難儀な氏子あり取り次ぎ助けてやってくれ」と、もう現に難儀の真ん中というような人達もたくさんございますね、けども今日は私が難儀ということを、まあ不意に起きてくる難儀、ね、もう人間の力ではもうどうにも出来ない、いうなら天災といったような事にあう場合。ね、どんなに用心しておりましてもね、例えばどんなに用心しておりましても例えば交通事故なら交通事故といったようなのは、こちらがどんなにルールを守っておっての交通のそれに違反していなくてもですね、向こうの方からやって来るのが違反して来るのですからね、酔っ払い運転がやって来る、居眠り運転がやって来るのですからね、こりゃ抗せられない、避けられない、仕方がないこれは、ね、体を大事にせにゃならん、というとってもどこにどういう例えば、伝染病なんかという恐ろしい病気なんかはですね、どこにそういう伝染して行くその菌に巡り会わない、病気の元に巡り会うやら分からん。ね。 ここん所をですね、お蔭をいただかなければならんお繰り合わせいただかなければならんと思うんです。そこん所を、しかし、天地の親神様は「取り次ぎ助けてやってくれ」と金光大神に言うておられますから、やはりそこん所がお取次頂かれるという所にですねえ、信心の有り難いところがあるじゃないですか。ね。
 私いつも朝3時半にここに出て参ります。それで、え~、もうほんとに有り難いここでちょうど4時の御祈念を待たせていただくわけです、でこう、その、それこそ瞑想にふけて有り難い気持ちを開かせて頂くわけなんですけれども、それがですね、もう本当にあのちょっと瞬間でしょうねえ、眠ってるんです、それもですね、あと3時半に目の前に小さい時計がおいてあるから時計を見てるんですよ、そしてフッと目を覚めた時にはもう2、3分こう過ぎてる3時半を、その、まあいうなら1分か2分かの間にですね長い長いお夢をいただいているんですよ、眠ってたわけですねちょっと、瞑目してから眠ってないようだけれども眠ってるですよね、あんなもんですよね皆さんが御祈念中にぐうぐうイビキかきよんなさるでしょうが、それでこうこうやって横どん人がつつきよんなさると、こうやってからです、私は眠っとらんがのてちゅうてからもう、火鉄砲のようにする人がありますよ、ようここから見たら時々そんな人があるんです。自分は眠っとらんと思うとる、それはあんたイビキはぐうぐかきよんなさる、はぁっという間にもうイビキが出とうとですよね、ですけんやっぱ眠っとらん、私眠っとらんじゃったなんてあら言い張る訳にはいけん、やっぱ眠ってる。
 私あのシナにね、北京にいましたから「かんたん」という所にまいりました、河北省と河南省の丁度真ん中ぐらいのとこにあります。、有名な「かんたんな夢枕」というのがありますね、これはあの「かんたん」というところである労働者がですね、居酒屋におってお酒を飲んでる、お酒を飲んだそのテーブルの飲んだその瞬間眠った訳ですね。そして自分の一生一代の夢を見たというのですよ、だからそれは、あの、かんたんな夢枕とこういうわけです。あれは大変面白い物語があるんですけどね、もう私の今朝なんかが、はぁー夢ちゃこんなん、私はそれを目のあたり今見てですよ時計を、ずいぶん長い夢を見たといいよるけれども、もうほんの瞬間ですよ。
 今日私はですね、その親教会に私と久富先生と私共の二番目の娘を愛子を連れてから、今日の大払式のお届けに出ておる帰りのようです、そしてその、電車にの、市内電車にのらなきゃならんのですよね、そしてその市内電車に乗らせて頂いて、また電車の中で眠ってる訳です、夢の中でですよ、そして、夢の中で目が覚めたら、これはあんたこれはどこのあんた、こう見知らんとこじゃがちいいよったら、あんたここはあんた枝光ですよち、(  ?   )あそこ電車で乗る時に乗り違いてから、北九州のほうへ行く電車にのっとるごたるふうです。けどこれはおかげを頂いたばい、これはあんた小倉に御礼参拝が出来るという、といいよる時にはもうすでに小倉のいっちょ手前ぐらいの所に降りとるようです、そしたら向こうの方に玉屋のでかいデパートのね、がこう見えてる訳です。もう玉屋の下が小倉の教会でしょう、もうその玉屋が、はぁーもうあそこが教会って、もう歩いたっちゃもうすぐてい、というところで目が覚めた。ね。
 ですから、その親教会に御礼に出てから電車に乗りそこのうて眠っとる間あんたきていう善導寺から北九州までもいっとる、ね、ずいぶん長い間、そしてから目覚ましてから、はらーあんたここはあなた見知らんところじゃが、どこじゃろうかと言いよるる、それがほんの1、2分の間ですよ。そして、降りたところがちょうど玉屋がこう見えるところである。はぁーおもわずあの下が小倉の教会だからと、神様が小倉の教会、今日は大払いのお届けに出させて下さるということを有り難いと思いよる所でした。
 昨夜からも、私は今日の大払式の事を本当にあの神様にお願いをすると同時に、今日はあそこに御神前のご八足の向こうにまた八足がおいてあって大きなからひつがお供えしてございますが、あれを二日がかりでこの御神米を作成させて、今日の参拝者に頂いてもらう御神米が夕べから御祈念をしてございます。もう特別の御祈念がまあ込められておる訳でございます。この御神米だけはどうでも皆さんにだから頂いていただきゃにゃいけないですね。ですから、これはもちろん私の信心祈りだけじゃとてもおいもつかんのでございますから、桂先生にも夕べちゃんとその事をお届けさせて頂いておるから、神様、夢の中にでもこうお取次ぎをさせて下さる事を感じさせて頂きますですね。ね。
 それから、あの、まあ、その1、2分間とろっとこうましたという間にそういうお夢を頂いて、すぐまた御礼を申させて頂きよります内になんか体がぞくっとするんですね、いわゆる、風邪を引く時のそれなんです。こちらが、こちらも、あちらもこう障子が全部あきあがってございますから、さぁー立って閉めにまいりましたけれどももう遅いです、ね、私共ではですね、もういわゆる不可抗力とでも申しましょうか、どうでも出来ないことがありますね、ね。
 先日も久留米の野口さんが昨日、一昨日でしたか、昼の御祈念にお参りしてみえられた、ところがもう次、合楽と分かりながらやっぱ眠っておられたでしょうね、どっか先の方へ行っておられる、それから、はぁーもうこれは、それこそ、これは見知らんところと思うちから降りた時にはもう川崎の向こうの方に行ってなさる、はぁーもう今日は歩いて修行させて頂こうと思うてから引き返してから歩いていきなさったところがもう川崎でちょうどバスがきたそうですから乗せて頂いた。 そうして、それからちょうど一時の御祈念に向かってきておられる熊谷さん達に会われた、そして、走りこみでちょうど間に合った。もう本当に今日の場合、今日はもう私はきつうしてきつうしてもう本当にきつかった、昨日から。久留米の共励会の日からとても体がきつかった、ね、ですけれどもその乗り過ごしたという時にですね、ハッとの瞬間にシャーんとしてですね、もう、元気になったというようにいうておられます、そして、その歩いてでもここさんいこうというぐらいな元気が出てきた。
 そして、しかもいつも、あの一つ遅れたバスで参りますのに、今日に限って20分早く出てきとった、そのおかげでちょうど御祈念にもおかげを頂いた、その辺の神様のお働きが有り難いというておられましたがですね、もう、もうそれはどうも出来ないことですけれどもですね、どうにも出来ないこと、眠っておること、そのことが返っておかげになるようなおかげを頂かなければいけんのです、ね。
 人間ではどうにも出来ないことがある、世の中にはたくさんあるんです。これはどんなに用心しよっても用心しよっても用心深い人は石橋を渡るような生き方をしよっですから、それは、例えば災難をよけられることも、まあ、いろいろと堅実にやっていくことも出来るでしょうけれども、ね、不意の出来事っていうのがあるのですからね、また、自分じゃどうにもできない事がある。眠るまいと思うておっても眠っておるようなことがあるのです、ね、ですから、ならそういうような事が災難の元になる、そういうようなことが返って野口さんの場合なんかはおかげの元になってる訳です。
 昨日から、きつうして出来んじゃったことが、はぁっと思うた瞬間に新しい血ががーっと体全身にこう逆流してくるように、新しい血がこう、ね、走った同時に自分の心シャンとした、しかも御祈念に間におうたということがこんなに有り難いことであった。神様が今日20分早う出発させてくださって神様がこういうおかげを下さる為におかげを頂いたというて喜んでおられる。ね。これは有り難い、ね、自分のいわば(     ?     )とでも申しましょうか、それが有り難い結果になった。だから私は思うのにですね、ここのところはですね、おかげを受ける受けないの境なんです。
 今日、私がそのお夢の後に、ね、体がぞくっとした、私はもう最近風邪を引いて、もう、いわば、よくなったばっかりの所です、ですから、もう、それは本当に風邪を引かんように、引かんように大事にしておる、大事にしておる、しておるのだけれども、もう、どうもそれにこうすることは出来ないでしょうもん、さぁー、ぞくっとしたからすずしい風が入ってきたら、もうせきに行っても、もう手遅れです、そういうことがあるんです、私共に、人間には。ね。
 これは、あの、初代の桂先生のことですけれども、この災難、難儀といったようなものはですね、もうどうにも出来ない、また、実をいうたら、その災難、難儀と思われるようなものに会わなければ人間は立ち行かないように出来ているんです、実を言うたら、ね。けれども、そこをぬうようにしておかげを頂けていけれる、けれども、やはり、ね、ある時に桂先生に神様がお伝えがあった、今日は桂松平、酒を一升買うてこんの、これを熱燗で飲めという御神明であった、もう桂先生といいや、大変お神酒を好きであり、特にあの桂がんというて有名なほどにもうかんがんとつけた泡の出るようにつけて召し上がるのがお好きであった。けれども、やはりあーして(    ?    )のことですから、もう普通は慎み、慎んでお酒なんか召し上がらんわけですよ、それに神様から今日は一升買うてこい、今日はかんかんと酒をつけて飲めと仰るからもう、それこそ、まっとりましたといわんばかりですね、それを実行された訳です。ね。
 そして、(   ?    )神様に御礼を申し上げられたら、桂松平一生の不覚と神様がお知らせを下さった。ね、神様はしかし油断もすきもならんでしょうが、私共の場合なんかはですね、神様からそう、神様の方から言われておられてから、ね、その、不覚といわれてあるぐらいですからね、私共はいわれんなんじゃから不覚の事がもうありつづけなんです、実を言うたら。ね。 ですから、そこんところを本当に実を込めて日にちおかげを頂いとかなければならんことが感じられますけどね。
 桂松平一生の不覚とこういうお言葉です、それが、それが休みつかれる、だいたいがこの核の病というのが、桂家のめぐりといわれておるわけですね、胃癌なんです、のこれが、桂のめぐりといわれておるわけです。その核の病を起こされる元になられたということでございますからね、桂先生、神様があなた飲めといいなさったけん、飲んだんですばいというわけにはいけないことがあるということなん、いかにそこに豊かな心、判断力といったようなものがね、自分がこれからのどかて、手が出るような時には、やるといわれてからもう許されたからなんていうような事は、だから信心もこの辺になってくるとなかなか難しいことが分かりますね。それはそうですよ、お取次ぎを頂かれてから、私はそげなんことじゃいかんと思うても、どうでもそうおね、言われるから、ならそれをお許しを頂いてお願いをしましょうということはたくさんあります皆さんの場合でも、ね。本当に一生の不覚といわれるような事が私共の場合だから神様からそのお知らせを頂かんでも、ならなおさらのことであると言うことが分かります。ね。
 そこで、やはり、私共がですね、難儀というものがね、いつ沸いてくるやら降ってくるやら分からないようにして起きてくるものだと、難儀災難というものは、ね、自分ではどんなに用心しておりましても、用心しておりましてもです、ね、用心で用心し寄せれることは勿論ありますから、用心しなければなりません、ね、堅実に行かなきゃいけんけれども、どんなに堅実で行きよっても、ね、例えば、なら交通事故の場合なんかはですね、こちらは、いくら間違いのない生き方をしておっても、向こうのほうから居眠り運転がやってくる、酔払い運転がやってくるのですから、または、どこから子供がぱぁーと走り出るといったようなことがあるのでございますから、ね、この辺のところのね、もう、そのタイミングというか、お繰り合わせを頂かなければならないということ、いや、あっという間に例えば居眠りをしてしまうような失敗をしておってもその失敗が返っておかげの元になったというようおかげを頂かせてもらうということをです、さぁーここんところが神様にすがっておらなければ出来ないことでしょうが、神様の御守護の中にいつもあるというおかげを頂いておかなければ出来ないことなん。ね。
 そこでです、ね、日のお照らしならさる日に良い日悪い日はないと思えと、ね、今日、今日もこうしてお生かしのおかげを頂いておる、今日があるということをです、ね、今日があるということを有り難いと思え。今度の大払式に対して、あの、はらえつものがでけた時に、神様頂きましたように、ね、「今あるをうれしといやび奉らなば家に不幸の起こることなし」という、これはもう絶対のもうこれはおかげを頂いていくその、そういう不幸せから逃れるこれはもう、一つなんちいうですか、原則でしょうね、これがある限りおかげ頂くのです。
 ところが、私共はそのうかつに何なに不覚であったと神様に言われるようになって不覚にも忘れておる。ね、ですからそういう生身を持っておる、自分達ではどうにも、ね、不可抗力ということ、ね、どうにもできないということ、どうにも出来ない場面というか、場合に直面した場合にです、そん中にあっても神様のおかげが頂き、そういう時に、たとえば失敗した事が返っておかげであるというようなおかげを頂く為に、日にちお取次ぎがいかに大事かという事が分かるでしょう、ね。
 お取次ぎを頂いて起きてきたことは良いこと悪いことすべてが良いと、といったようなね、私はいつもその例に話しますように、もう、あんまり有り難うしてから、あの善導寺の原さん、ね、信心させて頂いておる者はなんちゅう有り難いことだろうか、有り難うございます、有り難うございますと目の前はかすむごと有り難い、いや、涙が流れるごと有り難い(      ?     )もう有り難うございます、有り難うございますちいうてから、ちょっと御礼ばいいなさる途端に田んぼの中に落ち込んでなさった。はぁーもうこれは金光様有り難うございますちいうたっちゃ、今を嬉しく思うとったっちゃです、そげんなんこつがあることもあるけれども、けれどもそこには神様が受けてくださっとるように、どうもしとらんというおかげなん、ね。
 杉さんがある寒中に自転車でお参りしなさった、ね、そしたらあの飯田の一番高いあの田んぼの中に飛び込みなさったことがある、それはもう、それこそ、勢いを持って金光様有り難うございますで取り組まっしゃったっちゃいう、もう、それはですね、それで近所の人達があげちゃなさった、はもう濡れ、寒か時ですね、濡れじっぽなっちゃるわけですたい、深いですからねあそこは、ほらーもあと怪我いっちょしなさらん、ほぉー不がよかったですね、その近所の人があげちゃなさる、火たいてからあぶってなさる、それけん、ちょいと私また今から御礼参拝しきますけんちいうちから、ほぉーあんたおてござっちゃ御礼ばいしなんのうちいうちから、そこの人がたまがらなさったっち、もう、そういうことの中にですね、もう神様のどうにでも出来んような働きとですね、これは分からん、どういう大難がそういうことによって、小難に奉りがえられてよったか分からん、けれども、やっぱり御礼参拝せずにはおられないほどの実はことなんだ、ね、ですから、この辺はもう実にデリケートですからね信心の、そういうところを身につけていくということ。ね。
 例えば、災難なら災難にあいましてもです、ね、そのおうた事がおかげの元になると、ね、そういうようなことと同時にです、ならそういう災難でもです、ね、例えば、今日は降って沸いて起こるような、ね、病気とか、また交通事故とか、ね、天災地変といったようなことにあう場合でありましてもです、ね、そういう、難儀が世の中にいっぱいあるから、金光大神に対して取次ぎ助けてやってくれとこう天地書附にござ、立教神伝にございますように、取次ぎ助けてやってくれといわれるのですから、そこんところを、お取次ぎを頂いておかげをいただいとかなければならないということになる。ね。
 そこで、私共がこれは分からなければならないことはですね、日のお照らしあるのを日に、良い日悪い日はないと思えと仰るように本当に今日も大御影の中にあるんだ、神様の御神徳の中に生かされて生きておるんだという喜びを味あわせて頂きながら日にちが過ごさなければならないというのですけれども、さぁーそこが、実を言うたらまた難しい、そこで、昨日の一時の御祈念の後に頂いた御理解をもういっぺん頂かなければならん事になる訳なんですよ、ね、疑いを離れて広き真の大道を開きみよ、わが身は神徳の中に生かされてあり、ね、いわゆる、わが身は神徳の中に生かされてある、いつもがそうなんだ、理屈で言えば分かるんだ、けれども、その、神徳の中に生かされておる、抱きかかえられておっても、その抱きかかえられておるんだ、懐の中にあるんだというその実感がないところに信心のデリケートのところがあるわけです、ね。
 そこで、これはね、まずなんというても疑いを離さなければこの真の大きい道も分からないし神徳の中にあっても、神徳の中にあることが分からん、ね、そこで、まずこれは疑いを離れなければならないということ、いわゆる、疑いを離れるためにはどういうことになったらよいかというと、昨日の御理解、まず、めでたくなることだとこう仰る、ね、まずめでたくなることだと、ということはですね、あの人はおめでたいとこういうです、いわゆる、馬鹿と阿呆になることだということ、ね、本当にあの純粋な人はですね、純真な人達はですね疑うということを知らないのですね、もう一つおじちゃんばかりは馬鹿じゃなかじゃか、もう人ば疑うちいう事を知らんというて悪口をいう嫁さんがある、うちのおとうちゃんのこと、そげんなん人なんです、そういうこと。ですからね、まず疑いを知らない、疑いを知らない私になること、それには、まず私が本気で馬鹿と阿呆になることの精進をさせてもらわなければならないということ、ね。
 ですから、よく私がよその教会から参ってくる人からこれはもう聞く事なんですけれども、内の先生に御結界を拝めとか、お取次ぎの先生を拝めといわれますけれども、先生があげなんふうじゃ拝まれんとこういう訳なんです、ね。だから先生がまちっと拝まれるような人になってもらわにゃん、これはただし、これは教師の取次者の立場のことであってですね、まぁ、取次者の自覚によることであってですね、取次者がその自覚に立たなければ信者がいくら言うたって同じ事なんですから、それはおいてです、今度は信者は信者の自覚に立たなきゃいかん、ね、信者は信者の自覚に立つとどういうことになるというと、どういう先生が馬鹿先生であってもです、そげんなんとろになかなかおられんが、中山さん例えば白、これは赤ばのうち、はぁーほんなこてこれは赤というて頂くか、ほんなこてこれは赤ですねと、これは疑いを知らない、まずだから自分自身が馬鹿と阿呆になり、疑いを知らない私になるということがです、先生じゃないということになるでしょうが、ね、疑いを知らない私になるということ、ね、親先生でもよかりゃ、修行生の方でもいんだ、問題はお取次の方を頂く方の側がです、ね、純粋に、いうならば、めでたい私になり、疑いを知らない、ね。
 ところがそのやっぱりちった疑う訳です、2、3日前もこんなことがあった、高芝さんが娘さんのある就職のことでお伺いがあった、もう、すぐ頂くのにですね、やっぱ4、5分ぐらいかかる、のような感じだった。それはやっぱり暇いるはずですよね、本人が疑うてかかっとる、ちゃんとあんた末永さんがあちらへ座っておる時に末永さんに末永先生にお取次を頂いた後で言う訳なんです。そしたら、高芝さんこれは右がよいですよとこういうことをいわった、ね、けれども、あっちゃ末永さんがいわっしゃったじゃけんどうかおうとるかおうとらんか分からんけんもういっぺん親先生にお伺いし直そうというのがやっぱり時間かかるとじゃないでしょうか、そして、私が頂いたこと、末永さんが頂いたことが同じじゃったから、先生、実は末永先生にもお取次を頂いたらこうこうでしたと、はぁー、やっぱりこれがほんなこつじゃったというお届けになった訳なんです、ね。
 だから、これがもう少し高芝さんが純粋であったら私が頂いたことでも、末永さんが頂いたことで同じ事として頂けれる高芝さんにならなければいけないということ分かるでしょうが、ね、いわゆる、疑いを離れきってない、いわゆる、本当にまだおめでたくなりきってないということ、ね、だから、とにかく私共が馬鹿と阿呆になる稽古を本気でさせて頂くという事によってです、ね、広き真の大道を分からせてもらう、わが身は神徳の中に生かされてあることの喜びを理屈じゃない、実感で有り難いなぁー、降っても有り難い、照っても有り難いという事にならせて頂けれる、そういう心もちがですね、今日一日の中に私の幸せを左右るのです、ね。
 ところが、今申しますようにです、とろうふがかぶっとるというか、それこそ、桂松平一生の不覚であったと神前に打ち向こうておられても神様に向こうておられても私共の場合はそういう不可抗力的なですね、どうにも出来ない私共であるとこにです、一段と信心の稽古をさせて頂いてです、日ごろの信心の徳によってです、ね、うかつにしておっても、御無礼になっておっても、そこを、ね、払うてももらい、許しても頂いて、いわゆる、見直し聞き直し頂いてお粗末御無礼のところをお許しを頂いておかげを受けていかなければ、例え眠っておっても、行き過ぎておっても、ね、おかげで返って小倉にお届け参拝がでけたとか、ね、眠っておりましたけれども返って昨日からの疲れがいっぺんにとんでしもうたようなおかげを頂いたとか、野口さんの上にです。というようなおかげも頂きながら、ね、というて、それだけでもいけない、やはり、私共は、ね、お天道様のお照りなさる日に、ね、良い日悪い日はないと思わせて頂けれるということは日にちが有り難いと思えれるようなおかげを、の心をですね、精進しながら頂かせて頂きながら、それでも、なおかつうかつである場合です、どうにも出来ないところをです、神様のお繰り合わせを頂いて、また、それが難がみかげになるような、いや、失敗したことがかえって怪我のこまめであったといったようなおかげになってくるようなお繰り合わせを頂くためにです、おかげを頂かなければならない。
 そう言う意味でです、今日の私は大払式はそう言うただ払うて頂いたからおかげ頂いたというのではなくてです、ね、それは一年前の信心はそれでよかった、けれども、一年たった今日の私共の信心は「今あるをうれし」と思わせて頂けれる、いだい奉らん、御礼が申し上げれる私共に成長していきよると、いや、成長してきたというところをです、印として、私は神様に今日はお届けさせてもらい、また今年一年のですね、の例えば降って沸いて来るような災難の病気、または交通事故うのような悲惨な難儀な中からです、お救いを頂かなければならない、お助けを頂かなければならないと私は思うのです。ね。
 ですから、今日、私が申しましたような信心の内容を心の中に頂いて今日の大払式を頂いて頂きたいというふうに思うのでございます。
                どうぞ。



末永静行
2007年2月20日